あれから10年、気分は快晴。

あれ?おかしいな?と感じたのが現実とわかったのは、遊びに来ていた母の言葉だった。「旦那、あんたがいないと別人のようだよ」言うことを聞かない3歳と5歳の娘に手を上げていた。娘が望んでいないなら我慢はやめようと離婚を決意。何度も話し合ったはずなのに、家を出てから離婚届の提出まで1年かかった。その間手当を受けれず、私の生活が成り立たなくなる。単に嫌がらせだ。怒って私が電話をするのを楽しんでいるようだ。メールもきた。「お母さん、退院してよかったね」など、近況をよく知っていた。元旦那は生活保護を受けながら、仕事もせずにストーカーまがいの行動をとっていたらしい。あれから10年、娘たちももうすぐ私から独立していく。やっと肩の荷が降ろせそうだ。

相手だけが幸せになるのは許せなかった

前夫の不倫が発覚した時はすぐ離婚したかったです。
ですがこれからの生活、子供の事世間体(田舎なので)を思うとすぐにはできませんでした。
一番は自分がまだ相手に愛情があった事と、このまま相手側の要求と通りに別れたら自分だけが不幸になり相手側は幸せになる事にが許せなかったです。心身ともにぎりぎりにところまでいき、
それなのに仕事も続けていました。無理して笑顔を作るのも苦労でした。
自分の気持ちとの戦いが辛かったし苦労しました。
結局不倫は辞めてしばらく結婚生活を続け子供が成人してから財産分与をして離婚しました。

身寄りがなく、住まいが確保できませんでした。

私は親も亡くなって兄弟もいなかったため、一時的にでも実家に帰ることができませんでした。自分で新しく部屋を借りようにも、保証人になってくれる人がいないので、住むところを確保するのがまずは大変でした。最終的には勤め先の社長が保証人になってくれてアパートを借りることがきましたが、女一人だと世間から軽く見られて何をするにも大変なのだなというのを実感しました。自分の場合は離婚前からちゃんとした勤め先があったので何とかなりましたが、仕事を探すところから始めるとしたらもっと大変だったろうと思います。

連日の役所通いに辟易した。

私は女性で結婚の時に旦那さんの戸籍に入っていたので何がしんどいって戸籍を抜いたり、抜いた後両親の籍に戻すか1人ぼっちの独立戸籍になるかを決めたり、保険証からクレジットカードから銀行のカードなど全て変更しないと駄目な作業が一番大変でした。役所での書類はハンコ押し忘れや完全に書き間違いなどで何日も通うことになり途中で全てを投げ出したくなったりして。書類が終わる頃に引っ越しもあり、あの時の凄まじいバタバタぶりを考えると次もし離婚が頭をよぎった時少しは踏みとどまれる材料になると思います。